病院で受けた嫌がらせ

実際のの証拠写真

            

私が大学4年の春のことでした。私は、スクーター搭乗中に交通事故に遭い、救急車である病院に搬送され、検査の結果右膝の剥離骨折ということで入院することになりました。

私は、ストレッチャーに載せられて病室に入ったのですが、夜の消灯後にも拘らず、廊下で二人の男が喫煙しているのを見ました。看護師さんに話を聞くと「あそこが喫煙所だから」と答えていました。その後、0時の巡回の直前に、その二人は私の病室に戻ってきました。その後、朝を迎えたのですが、私の病室の前の廊下で喫煙する者が多く、私の入院後も増える一方でした。

また、面会は12時以降であるにも拘らず、朝から来ている人もいたのですが、その人は何も言われていませんでした。私が入院して数日後に看護師長が私の病室にやって来て「待遇にも差があるのです」と堂々と言っていたのは嫌な感じでした。実際、看護師や看護補助のお気に入りの患者については、ナースコールがあると直ぐに飛んできて、世話をするのに対し、そうでない患者或は気に入らない患者については扱いが酷く、最初はお年寄りが嫌がらせをされているのを見ました。

夜の消灯前に無理矢理廊下を歩かされ、ありもしないことを言い触らされるなど酷かったのですが、結局、そのお年寄りは退院していなくなりました。その次は私が酷い目に遭わされました。私がナースコールをすると他の患者が「あの野郎、這ってでも行け」と言ったり、看護師が母が面会に来た時も看護師が目を釣り上げて応対したり、私について他の患者が出鱈目な事を言い触らして昼夜問わず騒ぎまわしたり、看護師や看護補助が明らかな差別扱いをするといったことが毎日繰り返されていました。

また、看護師らは夜勤の時間帯は詰所を消灯し、ラジカセで音楽を流しながら寝ていました。母は、この病院の内科に通院していたのですが、看護師が採血も碌に出来ないので怒っていました。毎日私が酷い嫌がらせを受けるので母が怒って「何だ、この病院は!出るべきところに出てやる!」と病室で怒ったところ、直ぐに私は呼吸器外来に呼ばれ、精神病院の紹介状を書かれました。

私は退院後にその精神科に無理矢理通院させられたのですが、その病院で私が主治医に「私が何かおかしなことを言っているでしょうか?」と言うと、主治医は「何もおかしなことは言っていません。」と言いました。その後私は、その精神病院に行かなくても良くなったのですが、大学の学生相談室に行って、精神科医のカウンセラーに相談しました。その精神科医は投薬をせず、話し合いで解決する方向の方だったのですが、話を聞くと異常なしということでした。私が退院する少し前に私の病室に他の病院から転院してきた人がいたのですが、差別扱いが酷いと言って怒っていました。その頃は廊下で喫煙することは禁止されていたのですが、私に嫌がらせをしていた者は嫌な顔をしていました。

中には未成年者で喫煙しながら私について「あいつと対決する」とまで言っていた者もいたのですが、そういった者は、殆どが大卒ではありませんでした。私の退院後に私と同じクラスにいた友人が交通事故で入院したのですが、やはり酷い扱いや嫌がらせを受けて「災難だった」と私に話していました。

しかし、ここで私が挙げた人達については、この病院で嫌がらせを受けても「訴える」「出るべきところに出てやる」と言わなかった人だったので、精神科に行かされなかったのだと思います。組織を守ろうとして手段を択ばない者らが口封じに精神科を悪用する、或は気に入らない人を苦しめる為に精神科を悪用する例が色々な本に暴露的に挙げられていますが、私の件もこの様なことだったのだと思います。

実際、被害者が精神科に行かせて統合失調症といった病名を付けられた場合、特に精神障害者に仕立て上げられた場合ですと、裁判では幾ら被害者の側が正しいことを述べていても裁判官は被害者側に対して取り合わないで冷たい判決を下すのが普通です。行政も見て見ぬふりをします。

よって、被害者側は泣き寝入りをさせられるということが普通です。私は、この病院が今迄ずっと酷いことを繰り返し行ってきたことを隠蔽したいが故に、精神科に通院させられたということは確実に判ったのですが、看護師らがお気に入りの患者と組んで、気に入らない患者に対して嫌がらせをして平気な態度を取り続けるのは、今でも赦せません。

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